京都の錦市場を歩いていると、かんざしの店、和柄の傘の店、箸の店が、数分の間に次々と目に入ってきます。
看板の雰囲気はそれぞれ違いますが、実はどれも同じ会社が運営しているお店です。
はじめまして、京都在住のライター、早瀬由紀です。
東山の土産物チェーンで10年ほど、和雑貨のバイヤーをしていました。
今は観光地の小売や和のブランドづくりについて、取材して書いています。
観光地で同じ会社の店がいくつも並ぶ出し方は、小売の世界で「ドミナント戦略」と呼ばれます。
言葉は聞いたことがあっても、コンビニの話だと思っている方が多いかもしれません。
この記事では、ドミナント戦略の基本を押さえたうえで、観光地の和雑貨店に当てはめると何が変わるのかを、上場企業の開示資料や公的な調査をもとに整理します。
自分の店の出し方を考えている方にも、ビジネス用語として調べている方にも、使える内容にしました。
ドミナント戦略とは「決めた地域に集中して店を出す」こと
ドミナント戦略は、特定の地域に集中して店を出し、その地域で強い存在になることを狙う出店の考え方です。
「dominant」は英語で「支配的な」という意味です。
あちこちに少しずつ店を広げるのではなく、まず一つの地域に店を固めます。
その地域で足場ができてから、次の地域へ移っていきます。
セブン‐イレブンが掲げる「高密度多店舗出店」
この戦略の代表例として、よく名前が挙がるのがセブン‐イレブンです。
1974年5月、東京都江東区の豊洲に1号店を出しました。
すべての都道府県に店がそろったのは、沖縄県に出店した2019年7月です。
同社が経済産業省の審議会に提出したセブン‐イレブン物流の取組みに関する資料では、基本戦略を「ドミナント戦略【高密度多店舗出店】」と書いています。
そのうえで、目的として次の5つを挙げています。
- チェーンの認知度の向上
- 来店頻度の増加
- 物流効率の向上
- 加盟店様への経営アドバイス時間の確保
- 広告効率の向上
狙いは物流・認知・広告の効率
5つの目的を言い換えると、「同じ地域にまとめて店を置くと、いろいろなことが安く、速くなる」ということです。
配送トラックは近い店を続けて回れます。
同じ看板を何度も目にすれば、お客様に名前を覚えてもらえます。
チラシや広告も、一つの地域にまとめて打ったほうがむだが出ません。
コンビニの場合、こうした効率が一店一店の利益の薄さを支えてきました。
観光地の和雑貨店に当てはめると何が変わるか
観光地の和雑貨店にも、同じ理屈がそのまま当てはまるわけではありません。
コンビニは近所の人が毎日使う店ですが、土産物店のお客様は旅行で一度来るだけの方がほとんどです。
それでもドミナント戦略が観光地で使われるのは、観光地ならではの事情があるからです。
観光客の買い物は限られたエリアに集まる
京都市が2026年6月に公表した令和7年 京都観光総合調査には、外国人観光客がどこで土産を買ったかという項目があります。
| 土産品を購入した地域(外国人、複数回答) | 割合 |
|---|---|
| 京都駅周辺 | 61.2% |
| 錦市場 | 44.5% |
| 祇園 | 42.9% |
| 河原町・四条周辺 | 26.1% |
| 嵐山・嵯峨野 | 22.5% |
| 東山 | 20.8% |
| 伏見 | 16.5% |
市内にはたくさんの店がありますが、土産を買う場所はいくつかのエリアに偏っています。
同じ調査では、外国人観光客の31.6%が「工芸品(陶器・和風雑貨含む)」を買っていました。
欧州からの観光客に限ると40.2%です。
観光客は知らない土地で、店を探して歩き回ったりはしません。
寺社への参道や市場の通りなど、決まった道を流れるように歩きます。
バイヤー時代、私も店の場所選びの会議に何度も出ました。
そこで決め手になったのは、家賃の安さよりも「お客様が歩く道に面しているか」でした。
人の流れが決まっている観光地では、その流れの上に店を並べる出し方がよく効きます。
コンビニと違うのは「扱う品が違う店」を並べること
コンビニのドミナント出店では、同じ看板の店が近くに並びます。
観光地の和雑貨店では、扱う品の違う店を並べる形がよく見られます。
この違いを考えるうえで参考になるのが、公正取引委員会が2020年9月にまとめたコンビニエンスストア本部と加盟店との取引等に関する実態調査報告書です。
報告書には、本部への聞き取りから「距離が近くても客の奪い合いが起きにくいとされるケース」が6つ紹介されています。
その一つが、外観や取扱商品、想定する客層が大きく異なる店どうしです。
かんざしの店の隣に傘の店があっても、お客様は取り合いになりません。
かんざしを買った人が、そのまま隣で傘を見る、という流れが生まれます。
和心の店の出し方に見る観光地ドミナント
観光地で、扱う品の違う店を集めて出している会社の例として、株式会社和心を取り上げます。
かんざし専門店「かんざし屋wargo」、和柄傘の「北斎グラフィック」、箸の専門店「箸や万作」などを運営し、東証グロース市場に上場している会社です。
有価証券報告書に書かれた「1店舗を入口に他の店へ」
和心は、自社の出店方法をはっきり「ドミナント出店」と書いています。
2017年12月期の有価証券報告書には、ドミナント出店を「小売業が特定の地域に集中して出店し、管理や販促等の効率化やコスト削減を図ること」とする注記がありました。
最新の和心の有価証券報告書(2025年12月期)では、京都をはじめとした主要都市や観光地でドミナント出店を行うと説明しています。
その狙いは、お客様が最初に接点を持った1店舗や1媒体を入口にして、他の店舗や媒体へ興味を広げてもらうことです。
コンビニの「効率」の話に、「店から店へお客様を回す」という考え方が加わっているのがわかります。
京都と浅草での並べ方
和心の公式サイトの店舗一覧(2026年10月時点)と、同社のニュースリリースから、京都と浅草の店の並び方をまとめました。
| エリア | 店舗 |
|---|---|
| 京都・錦市場 | かんざし屋wargo、北斎グラフィック、箸や万作 本店 |
| 京都・新京極 | かんざし屋wargo、北斎グラフィック、箸や万作、1円着物wargo 本店 |
| 京都・その他 | 清水二年坂 かんざし屋wargo、祇園 北斎グラフィック、伏見稲荷 箸や万作 |
| 浅草 | 新仲見世 かんざし屋wargo、観音通り 北斎グラフィック、おまいりまち 箸や万作、おまいりまち 北斎グラフィック |
京都は2026年7月に開いた伏見稲荷の箸や万作で10店舗目になりました。
浅草は2026年8月に「浅草おまいりまち」へ2店舗を同時に出し、4店舗体制になっています。
先ほどの京都市の調査で、外国人の購入地域として上位に入っていた錦市場と祇園にも、店が置かれています。
錦市場と新京極の店は、歩いて回れる距離に集まっています。
店づくりを自社でやるから出店が速い
もう一つの特徴は、店を出す作業の多くを自社でまかなっている点です。
有価証券報告書には、企画・デザインから製造、販売までを自社で管理し、店舗の空間設計や施工、ECサイトの開発・運用まで一貫して手がけていると書かれています。
同じ報告書では、ドミナント戦略の特性を活かして出店準備を内製化する方針も示しています。
2025年12月期の決算説明資料では、店を出すときの初期投資を約7.5ヶ月で回収できる計算だと示しています。
2024〜2025年の平均的な初期費用をもとに、会社が自社で算出した数字です。
和心の代表取締役は、創業者の森智宏さんです。
18歳で和柄アクセサリーのブランドを立ち上げ、そこからかんざし、傘、箸と、扱う品ごとに専門店のブランドを増やしてきました。
その歩みは、森智宏さんの経歴と手がけてきたブランドをまとめたプロフィールで詳しく読めます。
品ごとにブランドを分けてきたからこそ、同じ通りに何店舗も並べられるのだと思います。
観光地ドミナントの弱点
ここまで良い面を見てきましたが、ドミナント戦略には弱点もあります。
自社の店どうしで客を取り合う
いちばんよく言われるのが、自社の店どうしでお客様を取り合ってしまうことです。
「カニバリゼーション(共食い)」と呼ばれます。
先ほどの公正取引委員会の報告書では、コンビニのオーナーにドミナント出店をどう感じているか聞いています。
回答8,321件のうち、「デメリットを感じている」が41.8%、「どちらかといえばデメリットを感じている」が18.1%でした。
否定的な回答は合わせて59.9%にのぼり、肯定的な回答は1割に届いていません。
扱う品を分けた和雑貨店なら、コンビニほど取り合いは起きにくいはずです。
ただ、かんざしと帯留めのように、お客様から見て用途が近い品だと話は変わります。
店を増やすほど、どこまでが「違う店」なのかを見極める目が必要になります。
観光客が止まると地域ごと止まる
観光地に店を集める出し方は、観光客が来なくなったときに一気に崩れます。
和心が、新型コロナウイルスの流行で経験したことです。
| 時点 | 店舗数 | うち京都府 |
|---|---|---|
| 2019年12月末 | 91店舗 | 25店舗 |
| 2020年12月末 | 43店舗 | 10店舗 |
2020年の1年間で出した店は5店舗、閉めた店は53店舗でした。
同年の売上高は約12億9千万円、営業損失は約10億円で、期末には債務超過になっています。
観光客の多い地域に店を集めていたぶん、訪日客が来られなくなった影響は全店に一度に及びました。
地震や台風などの災害でも、同じことが起こり得ます。
立て直しも同じ考え方で
和心はその後、店を絞ってから出店を再開しています。
有価証券報告書によると、2025年12月末の店舗数は35店舗です。
2026年12月期の中間決算では、6月末時点で38店舗、上半期の売上高は前年同期より28.2%増えました。
京都の10店舗目、浅草の4店舗体制は、この立て直しのなかで出した店です。
もう一度、観光客が集まる場所に店を固め直しているのがわかります。
小さな和雑貨店が取り入れるなら
ここまでの話は、何十店舗も持つ会社だけのものではありません。
1〜2店舗の小さな店でも、考え方は使えます。
バイヤーとして店を見てきた経験から、取り入れるときに確かめておきたいことを挙げます。
- 地元の自治体や観光協会の調査で、観光客が実際にどこで買い物をしているかを確かめる
- 2店舗目を出すなら、1店舗目と扱う品や客層を変え、取り合いにならないようにする
- 1店舗目の袋やショップカードで、2店舗目の場所を案内する
- 観光客が減った年でも続けられるよう、通販や地元のお客様向けの売り先も持っておく
4つ目は特に大事です。
観光地の店は、人が来る年と来ない年の差がとても大きいからです。
店を一つの地域に集めるほど、その地域が止まったときの備えも厚くしておく必要があります。
まとめ
ドミナント戦略は、決めた地域に集中して店を出し、物流や認知、広告の効率を上げる出店の考え方です。
セブン‐イレブンが「高密度多店舗出店」として掲げてきたことで広く知られています。
観光地の和雑貨店では、観光客の歩く道が決まっているぶん、店を集める効果が出やすくなります。
和心のように、扱う品の違う専門店を同じ通りに並べれば、店どうしの取り合いを抑えながら、1店舗目から2店舗目へお客様を回せます。
その一方で、観光客が止まれば地域ごと売上が落ちる弱さも抱えます。
和心はコロナ禍で、店の数を半分以下まで減らしました。
自分の店で取り入れるなら、まず「お客様がどこを歩き、どこで買っているか」を調べるところから始めてみてください。
そのうえで、店を集める利点と、一つの地域に頼る危うさの両方を見ておくことが大切です。
