「今日は芝の機嫌が悪かった」
スコアが振るわなかった日、思わず口にしてしまうゴルファーの皆様の気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、もしその「機嫌の悪さ」が、実はコース設計家が仕掛けた「知的な挑戦状」だとしたら、どうでしょうか。
オリムピックナショナルゴルフクラブ(ONGC)は、単なる45ホールの巨大なゴルフ場ではありません。
それは、日本のゴルフ史における「時代の残像」と、二人の巨匠の「設計哲学」が凝縮された、壮大な文化遺産なのです。
私、渋沢耕平は、長年ゴルフ専門誌の編集長を務め、特に時代と共に変遷したコースの歴史と戦略性を探求してきました。
この記事では、ONGCを単なるスコアメイクの場としてではなく、「時代と設計者の哲学を読み解く知的探求の場」として捉え直すための、究極の知的攻略法をお届けします。
一打一打に込められた設計家の意図を理解することで、あなたのゴルフは、より深く、より戦略的なものへと進化するでしょう。
時代が書き残した「土地の自伝」:オリムピックナショナルGCの真実
華やかなる「バブルの光」と「統合の影」
オリムピックナショナルゴルフクラブ(ONGC)の物語は、日本の経済史、特に1980年代後半の「バブルの光」から切り離して語ることはできません。
ONGCのWESTコース(旧鶴ヶ島ゴルフ倶楽部)が開場したのは1986年。
私が父に連れられ、華やかなリゾート開発の一環としてオープンしたゴルフ場の壮大な開場式に立ち会ったのも、ちょうどこの頃でした。
当時のゴルフ場は、単なるスポーツ施設ではなく、富と成功を象徴する「時代の建築物」だったのです。
しかし、ご存知の通り、その華やかさは長くは続きませんでした。
バブル崩壊後、多くのゴルフ場が経営危機に瀕し、その壮大な夢は「経済の傷跡」として芝生の下に眠ることになります。
ONGCは、この「栄枯盛衰」を経験した二つの名門コース(旧エーデルワイスGCと旧鶴ヶ島GC)が、2017年に「ゴルフ文化の発展」という壮大なビジョンのもと統合して誕生しました。
これは単なる効率化ではなく、時代に翻弄された二つの「土地の自伝」を、未来へ継承するための、歴史的な決断だったと言えるでしょう。
45ホールという壮大なキャンバス:EASTとWESTの誕生秘話
ONGCの最大の魅力は、EAST 18ホールとWEST 27ホールの合計45ホールという、その圧倒的なスケール感にあります。
この二つのコースは、同じ敷地にありながら、まるで異なる時代と哲学を体現しているかのようです。
- EASTコース(旧エーデルワイスGC):
- 設計は、オールド・スコテッシュ・デザインの伝統を重んじるダイ・デザイン社。
- 優美な曲線とマウンドを多用した、重厚でクラシカルな設計哲学が特徴です。
- WESTコース(旧鶴ヶ島GC):
- こちらは、モダンデザインの巨匠、ジム・ファジオが監修・改修を手掛けています。
- 美しさの中に知的な挑戦を隠す、戦略性を高めたレイアウトが特徴です。
ONGCを回ることは、単に45ホールをプレーすることではありません。
それは、「伝統と革新」、「クラシックとモダン」という、日本のゴルフ場設計史における二つの大きな潮流を、一日で体感する知的探求の旅なのです。
このように、オリムピックナショナルという名前を冠するコースは、それぞれが独自の歴史と戦略性を持っています。
例えば、神奈川県にあるオリムピックナショナルゴルフクラブ サカワコースのような系列コースの口コミを参考に、その土地の記憶や戦略性を探求するのも、また一興でしょう。
巨匠たちの哲学を読み解く:EASTとWESTの戦略的対話
EASTコース:ダイ・デザインが仕掛けた「オールド・スコティッシュ」の罠
EASTコースを設計したダイ・デザイン社の哲学は、「自然との調和」と「戦略性の追求」を両立させることにあります。
彼らのデザインは、一見すると優雅で美しい景観美に満ちています。
しかし、その優美な曲線やマウンドの裏側には、ゴルファーの判断力を試す巧妙な罠が仕掛けられているのです。
【EASTコースの戦略的特徴】
- マウンドとアンジュレーション:
- フェアウェイやグリーン周りのマウンド(起伏)は、単なる装飾ではありません。
- ボールのライを意図的に悪くし、セカンドショットの難易度を高めるための「戦略の序章」です。
- 視覚的な錯覚:
- グリーン周りのバンカーやハザードは、実際よりも近く、あるいは遠くに見えるように配置されています。
- これは、ゴルファーの距離感を狂わせ、「冷静沈着な判断力」を試す設計家の意図です。
EASTコースでは、力任せのプレーは通用しません。
設計家が書き残した「戦略の序章」を読み解き、「なぜこのバンカーがあるのか」を考えることが、スコアメイクの第一歩となります。
WESTコース:ジム・ファジオが描く「モダン・デザイン」の挑戦状
一方、WESTコースは、ジム・ファジオが監修した、よりモダンでアグレッシブな戦略性を要求するコースです。
ファジオの哲学は、「リスク&リワード(危険と報酬)」の原則を明確に打ち出すことにあります。
彼のコースでは、安全なルートを選べば確実にパーが狙えますが、バーディを狙うためには、必ず高いリスクを冒す必要があります。
【WESTコースの戦略的特徴】
- 明確なルート選択:
- ティーショットの落下地点が、次のショットの難易度を劇的に変えるように設計されています。
- 例えば、フェアウェイの左サイドを攻めることで、グリーンへの視界が開け、ピンをデッドに狙える「報酬」が得られます。
- しかし、その左サイドには、深いバンカーや池が待ち構えているという「危険」が伴います。
- 雄大な景観と高低差:
- WESTの名物ホール、シバザクラコース1番(高低差約50mの打ち下ろし)に象徴されるように、大胆な地形を活かした設計が特徴です。
- この雄大な景観は、ゴルファーの心理に働きかけ、「大胆さと謙虚さのバランス」を要求します。
WESTコースは、ゴルファーに「攻めるか、守るか」という二者択一の問いを常に突きつけます。
この「挑戦状」にどう応えるかこそが、モダンゴルフの醍醐味なのです。
スコアより深い満足を得るための知的攻略法
攻略の鍵は「設計者の意図」を読み解くこと
オリムピックナショナルGCの真の攻略法は、技術論や道具論の前に、「設計者の意図」を読み解くという知的作業にあります。
私たちがコースを回る際、単にボールを打つのではなく、「土地の記憶」と「設計者の哲学」を読み解く探求者となることが、深い満足を得るための鍵です。
【ラウンド前の知的準備】
コース | 設計者の哲学 | 攻略の視点 |
---|---|---|
EAST | オールド・スコティッシュ(伝統と重厚感) | マウンドやアンジュレーションの「意味」を考える。視覚的な錯覚に惑わされず、冷静に距離を測る。 |
WEST | モダン・デザイン(リスク&リワード) | ティーショットで「攻めるルート」と「守るルート」を明確に分け、次のショットの難易度を予測する。 |
この視点を持つだけで、あなたのゴルフは単なるスポーツから、「戦略的な対話」へと進化します。
名物ホールに挑む:シバザクラ1番とEAST17番の心理戦
最後に、ONGCの象徴的なホールに挑む際の、具体的な心理戦のヒントを共有しましょう。
- WEST シバザクラコース 1番(打ち下ろし)
- 高低差約50mの雄大な打ち下ろしは、ゴルファーに「飛ばしたい」という本能的な衝動を与えます。
- しかし、設計家の意図は、この「衝動を抑え、冷静にマネジメントできるか」を試すことにあります。
- クラブ選択を一つ下げ、フェアウェイの安全なエリアを確実に捉えることが、このホールにおける最大の勝利です。
- EASTコース 17番(難易度の高いショートホール)
- グリーン周りがバンカーやマウンドで厳重に守られたこのホールは、EASTのクラシカルな戦略性の集大成です。
- ここでは、ピンをデッドに狙うのではなく、「グリーンの中央」という最も安全な場所を狙う謙虚さが求められます。
- パーオンできれば、それは設計家の挑戦に見事に応えた証であり、スコア以上の価値があるのです。
【結論】
ゴルフコースは、時代が書き残した、壮大な「土地の自伝」である。
オリムピックナショナルゴルフクラブは、バブルの光と影、そして二人の巨匠の哲学が交錯する、知的探求の宝庫です。
スコアに一喜一憂するのもゴルフの醍醐味ですが、それ以上に、設計家の意図を読み解き、その挑戦に知的に応えることこそが、真の満足をもたらします。
この記事を読み終えたあなたは、もう単なるゴルファーではありません。
あなたは、日本のゴルフ文化を継承する「探求者」です。
次回ONGCを訪れる際は、ぜひ一打一打の前に立ち止まり、「なぜこのハザードがあるのか」「設計家は何を意図したのか」と考えてみてください。
その瞬間、あなたのゴルフは、より深く、より戦略的なものへと進化を遂げるでしょう。
さあ、芝生の下に眠る「時代の物語」を、共に掘り起こしに行きましょう。